Doctor’s Blog About Brain And Heart

”脳と心” の関係について

【言語と思考はどのように関わり合うのか】

 象を何かしらの性質や類似性に基づいて分類する過程をカテゴリー化と呼び,そのカテゴリーの代表的な性質を中心とし,操作や思考の対象とすることを概念化と呼ぶ.例えば,見た目や味は全く異なっていても,”木に実を結ぶ” という特徴に基づいて,果物というカテゴリー化を行ったり,連続的な時間の流れに朝,昼,夜という区分を設け,それに基づいて生活したり考えたりする.

 このような操作を行うには言語的なラベリングが不可欠であるため,言語は思考にダイレクトに影響するように感じられる.母語が思考や認知を形成する,あるいは影響を与えるとする仮説はサピア=ウォーフ仮説と呼ばれ,これを巡って今までに様々な研究が行われてきた. 

 一見してこの仮説は正しいように感じられるが,Heider(1972)はこれに反する知見を発表した.彼はパプアニューギニアの民族,ダニ族の協力のもと,様々な色を記憶してもらい,後にそれを同定できるか,という実験を実施した.一般に赤や青,緑など色は様々だが,ダニ族はmili(明るい)とmola(暗い)の二語で色を表現する.したがって細かく区分された色に対してその差異を同定できるのか,という点がこの実験の関心事であったが,結果として彼らは英語話者と変わらない課題成績を残した.つまり母語によって色の認識は変容しないことが示唆されたが,この結果をもって,言語の思考への影響を否定するのは短絡的である.実際その後,タラフマラ語話者を巡る研究で,言語が思考に影響を与える可能性が示唆されている.

 現在の心理学一般では,言語は思考や認知を一義的に規定することはないが,カテゴリー化や概念化に影響し,様々な認知機能の形成に関わる,というのが広いコンセンサスである.

 

 言 語と思考を題材とした研究でよく取り沙汰されるテーマとして,メタファーが挙げられる.概念メタファー理論では,新規に学習する抽象概念(ターゲット領域)に対して,既知であり具体的な概念(ソース領域)における関係性を写像的に当てはめる形で構造的理解が達成されるとされている.例えば「タバコは時限爆弾である」という言葉に関して,時限爆弾という概念における”一定時間経過後に不利益が生じる” という要素間関係を,比喩される側のタバコに適用することで,関係性を投射していると考えられる(特にこのような「AはBである」のような場合の概念的包含関係は類包含モデルで理論化されている).

 またこうした関係性は身体と環境の関わり合いの中で学習されることが多い.例えば腑が煮えくりかえるという表現は,水が沸騰している様子から怒りを連想することで生まれたものである.他には「上」には「終わり」のような意味合いがあり,「早く仕上げなさい」「今日はもう上がります」「すごろくで最初に上がる」など日本語の表現のほか ”drink up” ”clean up” など,英語にもそういった表現が見られる.このように,行動の主体たる物理的身体を持つことが認知機能に影響する性質を身体性と呼び,その認知機能を身体化された認知と呼ぶ.

 こうした関係性の理解は,それが単純な場合には容易に行われるが,それが複雑な場合は大変困難である.例えば電流を水流に例えることや,原子の構造を惑星の公転に例えることなど,理解に深い知識を要する場合もある.こうした高度なメタファーには,より体系的な理解を獲得すること:熟達化(狭義)を必要とするケースもある.