Doctor’s Blog About Brain And Heart

”脳と心” の関係について

【回想的記憶と展望的記憶はどのように異なるのか】

 想的記憶とは読んで字の如く ”過去を回想するような記憶” であり,一般的に記憶という言葉を聞いて人々がイメージするようなものである.展望的記憶とは将来的に行うべき事柄に対する,言わば ”予定の記憶” である.これら2種類の記憶は,認知的活動としての性質を大きく異にする.

 展望的記憶の大きな特徴の一つとして挙げられるのは対人関係の中での活用のされ方である.先述した通り展望的記憶は予定の記憶であり,他人と交わした約束もこれに含まれるため,他者との信頼関係を築く上で大きな役割を果たすわけだ.

 

 は展望的記憶はどのような認知的処理を要するのだろうか.

 回想的記憶では過去の事物が対象となるのに対し,展望的記憶でのそれは ”行為遂行に対する意図(intention)” である.この意図の想起における重要な事柄は,適切なタイミングで対象を思い出す ”想起の自発性” である.15:00からの予定を,1時間後の16:00に思い出したのでは意味がないため,タイミングがとても重要なファクターとなる.

 この想起の自発性の必要性こそ回想的記憶との大きな違いである.

 というのも,一般的に回想的記憶においては,想起の必要に迫られて想起を開始する.つまり,この想起の必要性がそのまま想起を促す要素となっているため,想起の自発性は必要ないということになる.再生,再認法のような記憶テストにおいても,実施者が被験者に対して記憶事項の想起を促すような教示を行うことが一般的であるため,やはり想起の自発性は問われないということになる.

 一方で展望的記憶に関しては,その記憶場面は ”自己開始的記憶” や ”手がかりなし想起” 等と形容されることもあり,当人は ”思い出す必要があることを自発的に思い出す必要があるのだ.これを存在想起と呼び,展望的記憶の根幹を成す重要な認知処理である.これが為されれば,それをきっかけとして内容想起が為される可能性も高まり,目標行動の遂行の確率も上がるのだ.

 のような展望的記憶に対して影響するような要素としては目標行動遂行の意図に対する動機づけや感情の要因や,メタ認知的要因等が挙げられる.

 まず前者に関して,恋人とのデートの予定と歯医者に行く予定ではその行為の遂行の意図に対する感情は大きく異なるだろう.そういった目標行動遂行の意図への感情や動機づけを加味して考える必要があると言える.

 後者に関して,これは具体的に言えばモニタリング(自身の記憶能力及びその水準の正確な把握)とそれに対する自己効力感(self efficacy)を指す.物を覚えるのが苦手な人は,自身でそれを自覚し,物の覚え方を工夫したり(内的記憶補助),手近な紙に書き留める(外的記憶補助)などして,その欠点を補うことができる.若者と高齢者の展望的記憶能力を比較した研究では,高齢者よりも若者の方が ”し忘れ”,つまり展望的記憶の失敗が起こりやすいことが結果として示されている.これは若者が自身の記憶能力を過大評価している一方,高齢者は自身の記憶能力の限界を適切に認識し,意識的に想起のタイミングや自発性を維持する努力を継続した結果,想起スキルとして展望的記憶能力が獲得されたと考えられる.これに関連して,手帳などの外的記憶補助装置はあくまでも内容想起の補助となるものであり,タイミング良く自発的に存在想起を行うことを促すものではなく,それに必要なのはあくまでも内的な想起スキルであることを認識しなければならない.

 

 ま た,神経科学的見地からは,

 ・前頭葉に障害のある患者においては,存在想起のみに機能的阻害が観られること

 ・記憶の選択的な障害を示す健忘症(コルサコフ症候群)患者においては,内容想起にのみ機能的障害が観られること

 ・アルツハイマー認知症(痴呆症)においては,存在想起,内容想起ともに欠陥が見られること

などが報告されている.