【グローバル形態とローカル形態の処理における順序的優位性について】
外 界における視覚情報には様々な階層構造が存在する.例えば我々がある部屋をリビングルームだと認識するとき,テレビがあり,そのリモコンがあり,カーテンがあり,食卓を囲むためのテーブルがあり,照明がありと多岐にわたる要素を瞬時に処理し,それがリビングルームであると認識するわけだ.認知対象の大枠として認識される大まかな形態をグローバル形態(大局形態),相対的に詳細な処理をもって知覚される形態をローカル形態(局所形態)と呼ぶ.しかし我々が外界を認識するとき,どのように階層構造を認識,処理し,統合するのか,つまり前述した2つの形態をどのように処理するのかは未だに明らかにされていない.この問いは人間のパターン認知のアルゴリズムを解明する上で重要な命題として研究が行われてきた.
こ れに関連するものとして,D. ナヴォンはグローバル優先仮説を発表した.ナヴォンは複合文字パターン(小さなアルファベット一文字で大きなアルファベット一文字を表したもの)を被験者に提示し,大きな文字,あるいは小さな文字がそれぞれ何であったかを同定してもらう実験を実施,同定に要する時間を計測した.その結果,大きい文字が何かを解答する(グローバル指向条件)時間の方が相対的に短くなり,小さい文字が何であるかを解答する(ローカル指向条件)時間は大きい文字と小さい文字が異なる場合などはその影響を受け,長くなることが報告されたのである.
一 方神経生理学的見地からは,一過型チャネルと持続型チャネルという異なる視覚チャネルを想定することによりこの問題に対する返答がなされた.一過型チャネルとは低い空間周波数帯の刺激によく反応し,その分反応速度は速く周辺領域の刺激にも鋭敏に反応する.持続型チャネルとは高い空間周波数帯の刺激によく反応し,反応速度は遅く中心領域の刺激のみに反応する.前述したナヴォンの実験における複合文字パターンにおいては,大きな文字は一種のグローバルパターンであり低い空間周波数を帯びるため,処理における時間的優位性が生起したと考えられる.その後実際に ”複合文字パターンにおけるグローバルパターンは高空間周波数の縞刺激,ローカルパターンは低空間周波数の縞刺激と同様の処理が為されること” や ”一過型・持続型チャネルが複合文字パターンの処理に深く関連している可能性があること” 等を示唆する実験結果が多数報告された.
し かし,この2つのチャネルからナヴォンの実験において観測されたグローバル優先仮説を説明することは不可能であると言える.というのも,殊この実験においては単純な文字の大きさ(相対的な大きさ)による処理の順序的優位性の差異が否定できないからだ.
そ れに加え,このグローバル優位性は知覚的優位性に依拠するものではなく注意的優位性によるものであるとする主張も為された.つまりグローバル形態がローカル形態よりも迅速に処理されているために順序的優位性が生起しているのではなく,あくまで注意を引きやすい条件を呈していることが多いために,反応決定段階でのグローバル形態の優位性が生起するとの主張である.その他多数主張が挙げられるため,この分野に関してもより精緻な研究が必要であると言えよう.